5月15日、安倍首相の私的諮問機関である「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(安保法制懇)は、「限定的に集団的自衛権を行使することは許される」として、憲法解釈の変更を求める「提言」を安倍首相に提出し、同日、安倍首相は記者会見を開き、集団的自衛権行使容認の方向性を明言した。
しかし、安保法制懇が掲げる事例は、いずれも非現実的であったり、本来集団的自衛権行使の問題でない事例ばかりであり、集団的自衛権行使の本質が示されていない。安保法制懇が示した集団的自衛権行使の「条件」についても、集団的自衛権行使の歯止めになるものでもなく、また、「限定的」と言ったところで、他国同士の戦争に、一方当事国として参戦する集団的自衛権の行使の本質に変わりはない。
そもそも集団的自衛権は、戦争を他国に行う大義として利用されてきた歴史があることは自明の事実である。アメリカや韓国のベトナム戦争への参加、旧ソ連のアフガニスタン侵攻、NATO諸国のアフガニスタン攻撃などは、ことごとく集団的自衛権の行使として遂行されてきたのであり、日本の「集団的自衛権」行使は、今後日本がかかる戦争に正面から参戦することを意味する。戦争の前線に国民を送り出し、命を落とす危険にさらすことの是非について、国民の間で真剣な議論がなされるべきであるにもかかわらず、安倍政権は、広く国民が真摯に議論するための正しい情報を伝えているとは言い難い。
そればかりか、「政府解釈の変更」によって集団的自衛権の行使を容認しようと極めて拙速にことを進めており、主権者である国民を軽視していると言わざるを得ない。
集団的自衛権の行使が憲法上認められないということは、すでに確立した政府見解であり(1981年5月29日の政府答弁書等)、集団的自衛権の行使を認めるためには「憲法改正という手段を当然とらざるを得ない」とされてきた(1983年2月22日衆議院予算委員会・角田禮次郎内閣法制局長官答弁)。
いうまでもなく立憲主義国家における憲法とは、国の統治のあり方を律するものであり、統治権力が遵守すべき規範である。
政府の恣意的な「解釈変更」によって、これまで憲法が禁止してきた集団的自衛権行使を可能にすることは、憲法が統治権力に課している縛りを政府自らが取り外すことに他ならず、立憲主義の破壊に等しい歴史的暴挙と言わざるを得ない。
私たちは、主権者である国民としてこの暴挙を黙認することは到底できない。かかる立憲主義の破壊に抗うべく、憲法、国際法、安全保障などの分野の専門家、実務家が結集し、ここに「国民安保法制懇」を設立する。
以 上
「国民安保法制懇」委員(5月23日現在)
あいきょう・こうじ
1966年生まれ。1996年早稲田大学大学院法学研究科博士課程修了。博士(法学)。1997年信州大学教育学部専任講師。2005年から現職。著書に『近代立憲主義思想の原像』(法律文化社)、『改憲問題』(ちくま新書)、『立憲主義の復権と憲法理論』(日本評論社)など多数。
あおい・みほ
1973年生まれ。1995年国際基督教大学教養学部社会科学科卒業。東京大学大学院法学政治学研究科修士課程修了、博士課程単位取得満期退学。信州大学経済学部准教授、成城大学法学部准教授などを経て、2011年より 現職。著書に『憲法を守るのは誰か』(幻冬舎ルネッサンス新書)、『国家安全保障基本法批判』(岩波ブックレット)、共著に 『憲法学の現代的論点』(有斐閣)、『論点 日本国憲法―憲法を学ぶための基礎知識』( 東京法令出版)、共編著に『改憲の何が問題か』(岩波書店)など多数。
いせざき・けんじ
1957年生まれ。内戦初期のシエラレオエネを皮切りにアフリカ三カ国で10年間、開発援助に従事し、その後、東チモールで国連PKO暫定行政府の県知事を務め、再びシエラレオネへ。同じく国連PKOの幹部として武装解除を担当し内戦の終結に貢献する。その後、アフガニスタンにおける武装解除を担当する日本政府特別代表を務める。著書に『東チモール県知事日記』(藤原書店)、『武装解除 紛争屋が見た世界』(講談社現代新書)、 『伊勢﨑賢治の平和構築ゼミ』(大月書店)、『国際貢献のウソ』(ちくまプリマー新書)、『紛争屋の外交論-ニッポンの出口戦略』(NHK出版新書)など多数。
いとう・まこと
1958年生まれ。1981年東京大学在学中に司法試験合格。1995年「伊藤真の司法試験塾」を開設。現在は塾長として、受験指導を幅広く展開するほか、各地の自治体・企業・市民団体などの研修・講演に奔走している。『高校生からわかる日本国憲法の論点』(トランスビュー)、『憲法の力』(集英社新書)、『なりたくない人のための裁判員入門』(幻冬舎新書)、『中高生のための憲法教室』(岩波ジュニア新書)、『憲法の知恵ブクロ』(新日本出版社)など著書多数。
おおもり・まさすけ
1937年生れ。1959年京都大学法学部在学中に司法試験合格。1960年司法修習生。京都地裁判事補・大阪地裁判事などを経て、1978年法務省へ出向、民事局第2課長・参事官(検事)。1984年内閣法制局総務主幹・第2部長・第1部長・内閣法制次長を経て、1996年1月から1999年8月まで内閣法制局長官。同年11月弁護士登録。2000年警察刷新会議委員。同年4月早稲田大学法学部客員教授(立法学)。2002年11月国家公安委員会委員。「20世紀末期の霞が関・永田町」(日本加除出版)、「注釈民法(24)特別養子」(共著)(有斐閣)、「立法学講義」(編著)(商事法務)、その他多数。
こばやし・せつ
1949年生まれ。1977年慶大大学院法学研究科博士課程修了。ハーバード大学ロー・スクール客員研究員等を経て、1989年〜2014年慶大教授。その間、北京大学招聘教授、ハーバード大学ケネディー・スクール・オヴ・ガヴァメント研究員等を兼務。2014年より慶大名誉教授。著書に『「憲法」改正と改悪』(時事通信社)、『白熱講義!日本国憲法改正』(KKベストセラーズ)など多数。弁護士、名誉博士(モンゴル、オトゥゴンテンゲル大)でもある。
はせべ・やすお
1956年生まれ。1979年東京大学法学部私法コース卒業後、東京大学法学部助手、学習院大学法学部助教授、東京大学大学院法学政治学研究科助教授、東京大学大学院法学政治学研究科教授を経て、2014年より現職。著書に、『権力への懐疑-憲法学のメタ理論』(日本評論社)、『テレビの憲法理論-多メディア・多チャンネル時代の放送法制』(弘文堂)、『憲法学のフロンティア』(岩波書店)、『比較不能な価値の迷路-リベラル・デモクラシーの憲法理論』(東京大学出版会)、『憲法の理性』(東京大学出版会)、『憲法の円環』(岩波書店)など多数。国際憲法学会(IACL)副会長、日本学術会議会員、日本公法学会常務理事も務めている。
ひぐち・よういち
1934年仙台生まれ。東北大学、東京大学、上智大学、早稲田大学教授を歴任。パリ大学ほかで客員教授を歴任。国際憲法学会創設委員(現在名誉会員)。一般向けの著書に『自由と国家―いま「憲法」のもつ意味』、『憲法と国家―同時代を問う』(共に岩波新書)、『個人と国家』(集英社新書)ほか多数。
まごさき・うける
1943年生まれ。1966年東京大学法学部中退、外務省入省。英国、ソ連、米国(ハーバード大学国際問題研究所研究員)、イラク、カナダ(公使)勤務を経て、駐ウズベキスタン大使、国際情報局長、駐イラン大使を歴任。2002年より防衛大学校教授。この間公共政策学科長、人文社会学群長を歴任。2009年三月退官。著書に『日本外交―現場からの証言―』(第二回山本七平賞受賞、中央公論新社)、『日米同盟の正体』、『情報と外交』、『日本の領土問題―尖閣・竹島・北方領土―』『不愉快な現実』、『戦後史の正体』『これから世界はどうなるか』『小説外務省―尖閣問題の正体』など多数。
やなぎさわ・きょうじ
1946年生まれ。1970東大法学部卒業後防衛庁入庁、運用局長、人事教育局長、官房長、防衛研究所長を経て、2004年〜2009年、小泉・安倍・福田・麻生政権で内閣官房副長官補(安全保障・危機管理担当)として、北朝鮮の核・ミサイル実験、尖閣警備、自衛隊のイラク・インド洋派遣、海賊対策などに従事。第1次安倍政権では、集団的自衛権などを議論する「安保法制懇」の事務局に参加。退官後、メディアで沖縄海兵隊の抑止力に関する疑問を提起。イラク戦争と日本の政策決定を検証。第2次安倍政権が進める「憲法解釈の見直し」に批判的立場で発言を続けている。現在、NPO法人国際地政学研究所理事長、同・新外交イニシャティブ理事。著書に「抑止力を問う」(対談集・かもがわ出版)、脱同盟時代(対談集・かもがわ出版)、「検証・官邸のイラク戦争」(岩波書店)、改憲と国防(共著・旬報社)、「亡国の安保政策」(岩波書店)など多数。
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TEL 03-5489-2153
かわぐち・はじめ
2002年弁護士登録。京都大学大学院修了。
2008年に名古屋高裁にて「イラクでの自衛隊の活動は憲法9条1項に違反する」という違憲判決を勝ち取る。
日弁連憲法問題対策本部。阪田雅裕元内閣法廷局長官との共著「『法の番人』内閣法制局の矜持」(大月書店)、大塚英志氏との共著 「『自衛隊のイラク派兵差止訴訟』判決文を読む」(角川書店)、平松知子氏との共著「保育と憲法」(大月書店)など。